ソフト/クワイエット
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美しく、教養もある幼稚園教諭が森にある教会で会合を開く。
一見優雅なお茶会にみえるその集まりは、白人至上主義者たちによるレイシストの会合だった。
というような内容です。
「良識」はあるけど、「良心」がない人たちだなぁという感想。
不妊、貧困、孤立などの、自分たちの置かれた不本意な状況の原因を「他民族」に求めて鬱憤を晴らそうとする、とても雑で稚拙な思考回路の人たちだなぁという印象を持ちました。
ただ、最初の会合はそこまで過激ではない。
不穏ではあるけれど。
自分の置かれたままならない状況を「誰か」になすりつけたくてたまらないという、褒められはしないけど、分からなくもないという。
言っていることは一般社会では容認できないけれど、クローズドな中で打ち明けるくらいは、まあ許される範囲なのでは?とさえ思った。
ただ、有志だけで二次会をしようとして立ち寄った食料品店で有色人種たちとのいざこざからどんどん事態が悪くなっていく。
自分の中に溜まっていた怒りが、他者からの賛同を得ることで、正当な理由にすり替わってしまったのかな。
この「感情→理由づけ→行動」までの歪な変質を92分のワンショットで撮ったのは見事だと思いました。
ただこの事態、「レイシスト」の形をとってますが、同じ白人女性たちの中でも対立したり、馬鹿にし合ったりしてて、結局誰もかれもが「自分以外はみんな馬鹿」だと思ってるんじゃないかっていう描写があります。
主人公は冒頭に勤め先の学校で、気に入らない有色人種の女性に対して教え子を使って文句を言わせたりと、結構全方向に支配的だし、卑怯な人だという描写もある。
子どもの母親が迎えに来た際に、経緯を聞いてぎょっとした困惑した表情……あれ、主人公に対する嫌悪だと思うんだけど、母親は「教師」に対する態度じゃないと、自分を戒めて飲み込んじゃうみたいなシーンがありました。
それでいて、教師を「いい母親になるわ」と慰めて?ていて、教師も「ありがとう!(私もそう思っている!)」というシーンに続くのですが、あれ見ようによっちゃ母親の意地悪か皮肉なんだけど、教師は気が付かないんだよなぁ。
自分の見たいものしか見ない人っていう印象が強くなりました。
会合で誰かが「単一民族の中でしか、平和な社会は実現しない」的な発言をするのですが、「う」と思いましたよ。
日本も単一ではないですが、単一に近いので。
根本的に、彼女たちの怒りは理解出来ないかもなあと思いました。
で、ワンショットの手法ですが、これ始終主人公を追いかけてて、「主人公の後ろ姿→会合は正面→アンの家はまた後ろ姿」と、始終視点の高さが一定で「会合にいる私」を狙ってるのかなーと。
まるで自分もあの醜悪な会合に参加しているようで、非常に落ち着かなかったです。
追記
なんか既視感あるなと思ったんだけど、主題が「ヒトラーのための虐殺会議」に似てるかも。
明らかに人道に悖るのに、誰も止まらないところが。表現の仕方は違いますが。
こんなこと延々といつまで続けるんでしょうね、私たち。 畳む