2023-11-10

ヒアシンスと苺と悪魔 04

 ハウルは数日経っても帰ってこなかった。
 その間、マルクルは階段の下のスペースにソファとそこらにあった毛布を持ち込んで包まって寝た。そして、昼間はカルシファーの言う通りに客の対応に当たった。
 どうやらハウルは魔法の腕は確らしい。風のまじないを頼む船乗り、家畜の成長を促す薬を頼む男や剣術が上手くなるように頼む軍人、果ては恋の行く末を占って欲しいと押し掛ける女までいた。それに魔法の道具もよく売れた。瞬時に遠距離を移動できる七リーグ靴や、お客が来ると歌い出すタペストリーなど。こういった依頼はマルクルたちには都合が良かった。今立て込んでるから作るのに時間がかかるとあらかじめ言っておき、商品の受け渡しを一ヶ月とか二ヶ月先にして前半金を受け取ることが出来たからだ。きっと、その頃にはハウルも帰ってくるだろうし、カルシファーも大丈夫と言ってくれたからマルクルはそんなに心配はしていなかった。
 でもさすがにこう全然音沙汰がないと不安になってくる。
 マルクルは三十八件目の予約を記した紙を扉の内側に貼りながらカルシファーに訊ねた。
「ねえ、ハウルさんはいつもこんなに長い間帰ってこないの?」
「うんにゃ、いつもはその日には必ず帰ってきてたよ。そうしないとおいらに薪をくべてくれる人がいないからね」
「じゃあ、こんなに帰ってこないなんておかしくない?」
 マルクルは急に不安になった。だが、カルシファーは「そんなこと何でもない」とばかりにのんきに言った。
「おおかた、お前がいるから清々して羽を伸ばしてるんだろうぜ」
「そんなあ……」
 マルクルは不満を顕にした。
 ハウルには聞いてもらいことが山ほどあるのに。自分みたいな子供を何も言わずに置いてきぼりにするなんてあんまりだと思った。いるといったらこの暖炉から動かず、火も使わせてくれない悪魔だけ。
 カルシファーはハウル以外には絶対頭を下げなかったので、マルクルはこの数日間、お茶いっぱいを飲むことさえ出来ずにいた。当然食事も冷えたパンとかチーズだ。彼はほんの少しチーズをあぶることさえ拒否したので、マルクルは仕方なく残ったエビや牡蠣を、どうにかして部屋から見つけたレモンとオリーブオイルでマリネにして食べる羽目になった。
 そうこうしているうちにも客はどんどん来る。護符の作り置きは目に見えて減ってきていたし、扉は予約した覚書でいっぱいになってきた。五十四件目の紙を扉に貼りながら、マルクルは段々と腹が立ってきた。
「ハウルさんって変な人だね。そりゃ中に入れてくれてご飯を食べさせてくれたのは感謝してるけど。でも、何の説明も無くもう四日もいないなんて考えられないよ。ここに居て良いならそう言ってから出かければいいのにさ」
 紙をピンで留めながらブツブツと独り言のように、だがカルシファーにもしっかり聞こえるように言った。薪の上でフンフンとよくわからない歌を口ずさんでいたカルシファーはふっと黙る。
「おまえさぁ……」
 カルシファーが何か気に障ったような声を出したが、ちょうどそのときトントンと扉が叩く音が聞こえた。外はもう夜が勝っている時間だった。
「ハウルさんかも!」
 マルクルはぱっと顔を輝かせてノブに手をかける。だがカルシファーが「違うねハウルじゃない。キングズベリーの扉!」とマルクルの背中に叫んだ。
 振り子がカシャンと音を立てて赤い印の上に止まる。
 またあの女の人かも……マルクルは階段の手すりに引っ掛けたままにしてあったマントを素早く羽織った。さすがキングズベリーは王都だけあって魔法使いが多いらしく依頼はほとんどなかったからだ。しかもこんな時間にくるとなると……。マルクルは嫌な予感がした。
 だが、恐る恐る扉を開けると、マルクルの予想に反して金ぴかな衣装に身を包んだ男が立っていた。
「こちらは魔法使いペンドラゴンの屋敷であるか?」
「そうですけど……」
 マルクルが答えると、男はうむ、と大袈裟に頷いた。大きなとんがり帽子に白い羽をくっつけて、さも自分は重大な人間だとでもいうように澄ました表情だ。マルクルには随分馬鹿げた格好に見えたが、男はそれが自慢らしく、えへんとひとつ咳をすると、持っていた巻物をマルクルの鼻先に広げて言った。
「この度、ありがたくも我が国王がおん自らがお選びになり、魔法使いペンドラゴンに七リーグ靴二千足の作成をお命じになられた。かしこまって受けるが良い」
 男は相手が感激に打ち奮えるのを待っているかのような表情でふんぞり返って言った。
「はあ……」
 だがマルクルに言えたのはそれだけ。それがどれほど名誉なことなのかマルクルはさっぱり分からなかった。
 男は期待した反応が得られず、明らかに気分を害したように片方だけ眉を吊り上げた。
「七リーグ靴二千足ですぞ! それを王自らが名も無い魔法使いに依頼しておるのだ。これ以上の栄誉はありますまい! しかも王は出来が良ければさらに二千足、いや三千足は追加するとおっしゃっております」
 七リーグ靴二千足、しかも出来が良ければもっとだって⁉ 一体王様はそんな数を何に使うっていうんだろう。
「でも、あの、ハウルさん……いや、師匠は留守で……」
 マルクルはしどろもどろに答えた。
 だが男は食い下がった。
「ペンドラゴン氏は、畏れ多くも王宮付き魔法使いのサリマン殿のお弟子様と聞く。それ故、王も信頼してこの依頼をされたのだ。言い換えれば勅旨も同意。しかもこれはサリマン様のご要望でもあるのですぞ!」
 その口調は、まるであの慈愛院にいた軍人のようだ。マルクルはなんだかとても嫌な気持ちになった。
「待たれよ」と言って扉を閉めてから、カルシファーの元に走って、ことの次第を説明した。
「七リーグ靴二千足⁉ そりゃすごいなぁ!」
 カルシファーはヒューッと空気を震わせた。
「どうすればいいと思う? 王様のご依頼だっていうし、受けたほうがいいのかな?」
「そりゃあそうだ、七リーグ靴二千足分なんてすごい代金がもらえそうじゃないか。きっと最上級の楢の薪が何本も買えるぞ!」
 カルシファーはすっかり興奮したように叫んだが、マルクルは何故か嫌な予感がした。
「でも急に二千足なんておかしくない? 何に使うんだろう」
「そんなのどうだっていいじゃないか。お客が何に使うかなんておいらたちには関係ないだろ」
「そりゃ、そうだけどさ……」
 カルシファーに諭されて、マルクルはしぶしぶ扉を開けた。男はイライラと指を叩いていたが、マルクルが出てきて依頼を受ける旨を伝えるととたんに上機嫌になった。
「では引き受けていただけるのですな」
「はあ……ですが、ハ、師匠は今本当にいないんです」
「構いませんぞ。どのみち二千足作るには時間がかかりましょうからな。お戻りになられたらどれくらいで出来上がるか城までご連絡いただきたい」
 ああそうそう、と男は持っていた書状の隅をマルクルに差し出した。
「ここにあなたのサインをいただきたい」
「サイン?」
「左様。サリマン様が、ペンドラゴン氏が依頼を受けられたら必ずサインを貰ってくるようにと仰せになられました」
 マルクルは今までそんなことしたことがなかったので面食らったが、言われた通りの場所に「マルクル・フィッシャー」と名を刻んだ。
「あ、マルクル駄目だ!」
 いきなりカルシファーが驚いたようにポーンと声を張り上げる。マルクルと男は驚いて暖炉のほうを振りむいた。と、その瞬間、マルクルが書いた字がフワリと浮かび上がってひとつの細い糸のような形になるとシュルシュルと音を立ててマルクルの身体に絡みついた。
「うわぁ! なにこれ⁉」
 マルクルは驚いて叫び声を上げる。男も驚いて一歩後ずさった。
 糸のようなものはものは、そのままマルクルの身体に巻きつくと、まるでマルクルの身体の中に入るようにふっと消えた。
「な、なんですかこれ⁉」
「し、知りませんぞ! 私はただサリマン殿の言われたとおりにしたまでで!」
 男は恐怖に慌てながら、では! と言って逃げるように去っていった。
「カルシファー! これなに⁉」
 マルクルは慌ててカルシファーの元に走り寄る。
 カルシファーは「あーあ」と言った表情でマルクルを見つめた。
「おまえ呪いをかけられたんだよ」
「呪い⁉」
「こりゃあ、すごくやっかいな呪いだな」
「どうなるの?」
 マルクルは体をぶるっと奮わせる。今のところ何の痛みもないが、自分に呪いがかけられると思っただけで気持が悪かった。
「七リーグ靴を二千足作らないと、死んじゃう……かな。それに全部作り終って王様に渡さすまではこの呪いは絶対解けないみたいだ」
「ええ⁉ 僕そんなの作れないよ! なんとかしてよカルシファー!」
「うーん、そう言われてもかなり強い呪いだからなあ。ハウルならなんとかできるかもしれないけどおいらにゃ無理だ」
 カルシファーはサジを投げたとばかりに言った。
「そんなのひどい! 君が依頼を受けろって言ったんじゃないか!」
 マルクルは半ば悲鳴のように叫んだ。だが、カルシファーはむっとした表情になってポンポンと火花を散らした。
「おいらのせいじゃないね! おいらお前にサインしろなんて言ってないもん! 呪いを受けたのはお前の責任さ!」
 カルシファーはプンとそっぽを向いた。
「しょ、しょうがないだろ! 僕は子供で何も知らなかったんだから!」
「ほらまたすぐそれだ、お前は何かって言うとすぐ『子供だから』で逃げようとするんだから!」
 かあっとマルクルの頬が熱くなった。
「だって、本当に子供なんだもん仕方がないじゃないか!」
「子供だからって人のせいにして良いってことはないだろ。それにお前は子供なんじゃない、ただ卑怯なんだよ」
 火の悪魔は口を尖らせた。
「最初っからそうさ。お前は会った時から自分のことばっかりじゃないか。自分がいかにかわいそうかってだけ並び立てて、本当は身体全体で『助けて』って叫んでるくせに、自分からは頼みもしない。おいら達からそう言ってもらって優しくしてもらうのをただ待ってんのさ」
 でも、それってずるかないか?
 火の悪魔は容赦無くそう言った。
「そ……」
 マルクルは言葉に詰まってズボンの裾をぎゅっと握る。
図星だった。
「だって……仕方がないじゃないか……」
 他にどうすれば良かったんだろう?
 母さんが死んで、父さんとふたりっきりで暮らすことになった。毎日毎日、朝早く漁に出かけて疲れ果てて帰ってくる父さんに何かを頼むことなんて出来なかった。
 その父さんも死んで、集まった大人達は誰もマルクルを引き取ろうとはしなかった。
 同情はしても、決して手を差し伸べてくれない大人たち。
 まるで汚い野良犬でも見るように拒絶した軍人たち。
 通行人や店主が向ける、容赦無い視線。
 いったい、そんな人たちに何を頼めと言うんだろう……。
 父が死んでから、全てのものに拒否されてきたことが走馬灯のようにマルクルの頭の中をぐるぐると回った。
 マルクルはついにポロポロと涙を流した。カルシファーはそれを見てぎょっとしてユラユラと炎を揺らす。
「泣くなよ、おいらめそめそした奴は嫌いだ」
「だって、止まらない」
 マルクルはしゃくり上げる。今まで溜っていたものが涙と一緒に溢れ出て止まらなかった。
 カルシファーは、困ったように言った。
「もう! なんで人間って奴はいちいち泣かなきゃいられないんだよ!」
 マルクルはカルシファーの声にしゃがみこんで、大きな声でワアワアと泣き出した。薄暗い部屋の中に、しばらくマルクルの嗚咽だけが響きわたる。
「まったく、人間てやつは厄介な生きもんだよ。ちゃんと答えを知ってるくせに、涙なんてものを出さないと自分では気付かないんだから」
 しばらく黙っていたカルシファーが、やがてため息のようにぽっぽっと火を吹いた。
「けど、おいら知ってる。そいつを出した分だけ、人間はちょっと強くなるんだ」
 マルクルはその言葉に、涙を溜めながらもカルシファーを見上げる。
 本当なら出さない方が全然良いけどね、とカルシファーは少し優しい声で言った。
 彼の炎が紅くユラユラと揺れていて、とても暖かい。
「なあ、もう泣くなよ。戸口に座ってたときもそうだけど、お前の声はすごく頭に響くんだ」
「なにそれ?」
「お前はちょっとだけ魔力があるんだ。お前が心に溜め込んだ気持ちがすごく膨らむと、その声が流れてきておいら達まで届くんだ」
「僕の声が?」
 マルクルは驚いてカルシファーを見上げた。
「そうさ、おいらだけじゃなくてハウルにもね。ハウルは何にも言わなかったけど、窓からずっとお前を見て心配してた。身体全体で『助けて』って悲鳴を上げてるのに、お前がちっとも扉を叩かないから。手を伸ばせば届く距離なのにさ。でも、ハウルもそういうところがあるんだ。だからおいら『扉の真ん前にいられちゃ営業妨害もいいとこだぜ』って言ってやったんだ。そうすればハウルのほうから扉を開けるって知ってたからね」
 
ああ、だからか……。
だから彼はあのケーキを買ってきてくれたのか――。

「……今からでも、遅くない?」
 ハウルは置いてくれるだろうか。
 何も出来なくて役立たずの子供だけど。
 そんな自分を助けない大人が悪と思っていた僕だけど。
 いつか必ず役に立てるようになる、どんなことでもするからどうか……。
 マルクルはそれ以上言葉に出来ずにまたポロポロと涙を流した。
「ハウルは気まぐれだから、あいつがお前を置くかどうかはおいらにもわかんないけどさ」
 どんな時でも嘘はつかない悪魔は言う。
「お前は、どうなんだよ?」
「僕は……僕はここにいたい」
 マルクルも正直に言った。
 たった数日だが、マルクルはハウルもカルシファーも、そして、この部屋中に薫るこのヒアシンス香りも大好きになっていた。
「じゃあ、それを正直にハウルに言ってみな。大事なのはどうして欲しいかじゃなくて、どうしたいかだろ?」
 カルシファーはまたぽっぽっと火を吹きながら歌うように言った。
「さあ、今日はもう寝な。おいら、お前が眠るまで火を強くしててあげる。呪いのことは明日また考えようぜ」
「うん」
 マルクルは涙をごしごし拭いて、部屋の隅にあった埃っぽい毛布にくるまると、暖炉前のソファに横になった。
 カルシファーが強めてくれた炎は暖かくて心地良かった。マルクルはやがてふわふわと体が浮かび上がるような感覚になる。
「カルシファー」
「うん?」
「君はすごいね。すごく優しくて暖かい。君はいるだけでひとを幸せにするんだね」
 マルクルの言葉に、カルシファーは嬉しそうにボワンと火柱をあげた。
「へへ、そりゃそうさ。おいら良い悪魔だもん」
 マルクルも微笑む。いつしかまどろんできていた。眠りに落ちるその間際、カルシファーが「じゃあハウルも優しいってことだな」と言ったのを聞いた気がした。

 結局、ハウルが帰ってきたのはそれから一週間以上経ってからのことだ。
 カルシファーが色々考えてくれたけれど、相変わらず呪いは解けないまま。けれどそれで気分が悪くなることも無かったし、マルクルは穏やかに過ごした。
 最後の風の護符を売り払い、八十七番目の覚え書きを扉に貼っているとき、カルシファーの声もなく、いきなり振り子がカシャンと振れた。
「あ、帰ってきた」
 カルシファーが呟くのと同時に、扉が勢いよく開いてハウルが入ってきた。
「ただいま」
 マルクルはちょうど扉の内側に居たので挟まれてしまい、彼に「おかえりなさい」と言えなかった。
「良い身分なこった! おいらを暖炉に縛りつけといて自分は鳥みたいに自由とくる!」
 カルシファーは、おかえりも言わずにぷんぷんと怒った。これが彼流の「おかえり」の言葉なんだろう。
「ごめんごめん。でもこっちだって大変だったんだ、怖い人に捕まっててね。命カラガラ逃げてきた」
「荒れ地の魔女なんかにちょっかいかけるからさ!」
「はい、はい」
 ハウルは苦笑しながら暖炉前のソファにどさっと腰掛ける。
「あの……」
 マルクルはおずおずとハウルの前に進み出た。
 言わなくちゃ。
 自分のこと、自分の気持ちのこと、ここに置いて欲しいこと、そして、ケーキのお礼を……。
「ん、なんだい?」
 ハウルは疲れた顔色を見せながらも振り向く。
「あの……これ、注文票です」
 マルクルは咄嗟に溜まった覚え書きをドサドサと手渡した。
「それはお前がこれから作らなくちゃいけない商品の覚え書きさ! お前が居ない間にマルクルが全部お客の対応してくれたんだぜ、お前よか数倍く親切にな! おいらにも薪をくれたし、マルクルは遊びに行ったきりおいらに薪をくべることさえ忘れたどっかの魔法使いよかよっぽど優しかったんだから!」
「ふーん。で、その優しいマルクル君がどうしてそんなおっかない呪いをかけられてるんだい?」
 ハウルはパラパラと覚え書きをめくりながら、チラリとマルクルを見た。マルクルははっとなる。
「あの、これは二千足の七リーグ靴を作るってサインをしたらこうなって……」
「七リーグ靴二千足だって⁉」
 ハウルは暖炉に足を投げ出しながら素っ頓狂な声を出した。
 さすがのハウルも一度に二千足もの靴を作るのは初めてらしい。マルクルが差し出した巻物を手に取ると渋い顔を見せた。
「……サリマン先生か、まったくあの人は……」
「ごめん、おいらが受けていいって言ったんだ」
「違います、僕が勝手に請け負ったんです」
 マルクルおカルシファーはふたりしてでハウルに謝った。ハウルはチラリと両方に視線を送る。
「二人とも随分打ち解け合ったようじゃないか」
 マルクルとルシファーはこっそり見つめ合って微笑み合った。
「さてと、でも困ったね」
 ハウルは巻物にもう一度目を落としながら軽くため息をつく。
「作ってやれよ。お前が作ればマルクルの呪いは解けるんだからさ。出来るんだろう?」
「そりゃあね。時間はかかるかもしれないけど作れるよ。けど、多分これは……」
 軍用だ、とハウルは眉根を寄せた。
「帰ってくる途中で国内をぐるっと回ってきたんだ。国境沿いにはずいぶん軍が駐留してきている。先生はいずれ本気で隣国とやり合うつもりらしい」
 それで七リーグ靴か、とハウルはうんざりしたように呟いた。
「また戦争が始まるのか? 人間ってのは本当に戦が好きだよなぁ、それで幸せになった人なんかいないくせにさ」
 カルシファーが呆れるように言った。
「僕は好きじゃないよ。けど、偉い人ほど争いごとが大好きなんだ」
「どうして?」
「さあ……どうしてかな……」
 ハウルはただ寂しそうに笑った。
 どうやら、ハウルはこの依頼を受けたくないらしい。ハウルの言っていることは難しくてよくわらなかったが、それだけは何となく感じた。
「ごめんなさい、僕が勝手にサインなんかしちゃったから……」
 でも、とマルクルは顔を上げる。
「僕も一生懸命手伝います。だから、だからどうか助けてください!」
 マルクルはハウルを真っ直ぐ見つめながら、自分の気持ちを素直にぶつけた。
 ハウルはしばらく黙ってマルクルをじっと見つめる。
「カルシファー、とりあえず風呂にお湯」
 やがて、ハウルは踵を返した。
「とりあえず風呂に入ってくるよ、呪いのことはそれから考えよう」
「……はい」
 やっぱり駄目なんだろうか。マルクルはうなだれた。
 だが、ハウルはゆっくりと登っていた足を止めるとその場にしばらく立ち尽くした。
 やがて、最大級のため息をつきながら、「仕方ないか。可愛い弟子のためだからね」と、観念したようにぼそりと言った。

 

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