2023-09-19

道行き

 夜半から降った雪は、明け方には消えた。
 吹雪の中を往くよりはいくぶんマシだが、お世辞にもツイているとは言い難い。なにせこう道が泥濘ぬかるんでいては、馬も足を取られて余計な神経を使う。
 早くしないと列車の時間に間に合わなくなる。ここでもう一泊などまっぴらだ。遅れて帰ったら何を言われるかわかったもんじゃないし、使う金はこちら持ちだ。
 余計な金なんぞビタ一文だって無い。
「ちょっと速度上げるぞ。舌噛むなよ」
 そう言いながら、チラリと隣へ目をやる。
 隣に座っている少女は、聞いているのかいないのか、黙ったまま道路脇へ顔を向けていた。
 それ以上なにも言わずに黙って馬の速度をあげた。

 少女は昨晩出会った時からずっと黙ったままだった。
 ペコペコ卑屈な愛想笑いをする親たちの後ろで、ずっと黙ってこちらを向いていた。
 俯くことなく、ただこちらをじっと。
 これから行く場所を思えば明るくいられるはずもないが、かといって泣き叫んだり世を儚んだりする様子もない。現に御者台には自分から乗った。そして、親の顔を一度も見ることなくまっすぐ前を向いた。
 何かに挑むように。
 その少女が、食い入るように何かを見ている。
 視線の先を辿ると、立ち枯れたような、歪な木々の枝を覆うように休む鳥たちが見えた。
 その鳥たちをずっと見ている。
 まるで、あれらを瞳に写し撮るように。
「……ミヤマガラスっていうんだ、あれ」
 なんとなく、考えるより先に口がついた。
 少女は驚いたようにこちらを振り返る。
「渡り鳥だ」
「渡り鳥」
「季節ごとに住む場所を変えるんだ。暖かくて餌が沢山ある場所を求めて何千キロも飛ぶ……知ってたか?」
「……ううん。毎年来るけど……知らなかった」
「……」
 そうだろう。
 毎日毎日、ただ生きるためだけの暮らしでは、人は上を見ることはまずない。
 黙って耐えるだけだ。
 俯きながら、ただーー。

 だが、少女は下を向かなかった。
 こんなときでさえ、こちらを黙って見つめている。 
「よく覚えときな。うちの店の近くにも来る」
 馬車の速度を僅かに落とす。
 あんな鳥だって、娼館の窓からのほんの少しの慰めにはなるだろう。

「……うん」
 鳥たちが休む木立ちの横を、ゆっくりとした馬車が通る。
 その道行きで、少女はこの風景を鳥たちへ託した。

 

 

アレクセイ・サヴラーソフ【ミヤマガラスの飛来】(1871)

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