「ねえ、このアイス食べないの?」
冷凍庫の扉を開けた彼女が聞く。
発泡酒を取ってくれと頼んだだけだが、間違って冷凍庫を開けたようだ。相変わらず抜けてる。
冷凍庫の中にはあまりものを入れてない。ふちが小豆色で統一されたカップアイスが数種類あるだけだ。
彼女はそれが気になったようだった。
「あー、目が欲しくて買っちゃうんだよな。食べていいぞ」
「もったいない」
「まあ、賞味期限ないしさ」
「そういう問題じゃなくない? あ、しかもコンビニだなこの大きさは。スーパーにアソートあるよ。それ買えば?」
「そうね」
同意はしつつ、どうせしない。彼女もそれはわかっているだろう。それか、そもそも興味がないか。多分後者。その証拠に「いっこもらうよー」と、発泡酒とオーソドックスなバニラを手に、いそいそと隣に座った。
すでに聞いてない。
受け取った発泡酒のプルトップを開けると、プシュッとした良い音がした。隣からもパリパリというフィルムを剥がす音が聞こえる。
剥がし終えたら困惑するかなと思っていたら、案の定、キョロキョロとしだした。
この家に来るのは初めてな彼女は、まだ物の配置が分かってない。
フィルムを受け取り脇のゴミ箱に捨ててやると、「ありがと」と笑った。
「溶けるぞ」
「うわお」
目の前のテレビからは、他愛ない内容の番組が流れている。腕に触れる微かな温もりを意識しながら、ゆるい番組をただ追う。
「いやあ、冬に食べるアイスって幸せだねえ。しかもアイスクリームだよ。リッチだ。幸せ」
「安い幸せだな」
コンビニでも三百円前後だ。
「いいの。高い幸せなんてどうせ長続きしないし」
「コスパ重視?」
「結果的には」
「まあ、そうね」
発泡酒を飲みながら同意する。いつの間にかこの味にも慣れてしまった。ビールを飲むとやっぱり美味いなとは思うが、自宅なら発泡酒で十分だ。それで満足できるし、それ以上を求める気もない。
「これ、そんなに好きだったっけ?」
「なにが?」
「これ」
美味そうにアイスをすくいながら、彼女が持っている小豆色のカップをこちらに向ける。
「いや? ただ、何となく」
「ふーん。あたし好きなんだ。高いからあんま自分では買わないけど」
……知ってる。だから買ってる。
出会ってすぐのころ、このアイスクリームとラクトアイスのどちらを買うかで真剣に悩んでいた。正直そこまで悩む理由がわからない。が、彼女にとっては大きな違いらしい。
食べたいものを食べればいい。そう言うと「その甘やかしは良くない気がする」と言った。
何を言っているのか分からなかったが、要するに、「プチ贅沢」が常態化してしまって他に波及することが怖いらしい。
「そんなことあるか?」
「知らないうちにそんなんなってたらヤじゃん」
拗ねたようにそう呟きながら、その時はラクトアイスを手に取った。
堅実なんだか、臆病なんだか。
その言い方が面白くて笑ってしまった。
――それからだ。目についた時に、彼女が選ばなかったほうを冷凍庫に置くようになった。
最初は職場に。いまは自宅に。
気がついたらでいい。
気づかなくても、このままなだけ。
どうせ賞味期限はない。
アイスも――この気持ちにも。
「んー、美味しかった。ごちそうさま」
彼女が満足そうに食べ終えてのびをする。そして、こちらに笑顔を向けてもう一度「美味しかった」と言った。
「そりゃ良かった」
「ありがとうね。これ、あたしのために買っておいてくれてたんでしょ?」
「たまたま」
「あたしが一番好きって言ったアイスだよ?」
「偶然」
「休憩室のアイス勝手に食べてたけど、怒らなかったじゃん」
……気づいてたのか。けど、肯定してやるのもしゃくで、発泡酒を飲んで視線をそらせた。
すると、彼女がおもむろに手を伸ばして、やや乱暴に顔ごと向かされる。
「いでっ……」
抗議の声は、口の中に広がった甘い味に掻き消された。
「……美味しかったって言ってるの」
「――そりゃ良かったって言いました」
くすくす笑って、軽口を叩きながらまた唇が重なる。
今度はより深く、甘く。
冷えていたはずの口内が、すぐに熱を帯びる。身体中も。グッと彼女の腰を引き寄せて、夢中でその口内を喰む。
バニラと発泡酒が混ざって、その苦味と甘味と、彼女の味を嚥下した。
2025-09-20
アイスクリーム
関連記事







※コメントは最大500文字、5回まで送信できます