こぢんまりとした店だった。
店頭のショーウィンドーには、いつくかのトルソーが並んでいる。どれも流行のポイントを抑えてはいるが、品がよく、長く着れそうな普遍性のあるデザインだ。店主の趣味の良さと教養の高さがうかがえる。
妻役の適当な人物が見つからないなか、せめて「娘役」の体裁だけは整えておこうと訪れたブティック。
拠点に借りたアパルトマンからも近く、使い勝手も良さそうだったため試しに来てみたが間違いなさそうだ。
それに、この店はイーデン校の制服の指定店でもある。
服など既製品で十分だし、そちらのほうが足も付きにくいが、この店の常連になれば他のイーデン校の父兄とごく自然に交流できる場所が増えるということだ。よしんば会うことはなくとも会話のとっかかりにはなる。
「――はい、ではお嬢さまの外出着をワンピース仕立てで三点と、アウターと靴を二点ずつですね」
店主が新規顧客用の書類に必要事項を書きながら確認した。
「ええ。それと下着や靴下などもあればそれも一式。そうですね、とりあえず十セットくらいあれば――あります?」
面倒なのでここでアーニャに必要な衣類一式全部そろえてしまいたい。女児の下着やらなんやら、いちいち買い出しに行く暇も無い。
「ええございますよ。でもすごい量になりますわよ。亡命でもしてこられたんですか――なんて」
店主がふふっと含みのある顔で笑う。笑顔だが、同時にこちらを薄く伺っているような視線だ。
東国人特有の「密告顔」だ。
「いえ、まさか」と苦笑の表情を作りながら、それを軽く受け流す。
「引っ越してきたばかりで。田舎から勇んで出てきたものの、着いてみたらあまりにおしゃれな人が多くて驚きました。さすがに娘の格好を見て不憫になったんですが、恥ずかしながら、ひとり親なもので女の子の服装なんてまるでわからなくて。たまたま通りを歩いていたらこちらを見つけまして」
ショーウィンドーの服とても素敵ですねと、取ってつけたようなお世辞を言って女主人の懐に入り込んだ。
案の定、主人は「まあ、そうですか」と手のひらを返したように同情と好奇心の表情を浮かべて友好的になった。
「そうですわね、バーリントではやはり田舎のようにはいきませんものね。そういうことでしたら喜んで。お嬢さまにぴったりな服を一式ご用意させていただきますわ――さ、では採寸いたしますのでお嬢まはこちらへ」
店内をキョロキョロと動き回っていたアーニャは、「アーニャうりとばされる?」と不安そうな顔をしながら奥に連れられていった。
「いい子にしてたら売らない」
おまえなんか値がつくか。まったくどこでそんな言葉覚えてくるんだか……。
なかば呆れながら、やれやれとカウンターに身体をもたれる。とりあえずこれでアーニャのほうはなんとかなるだろう。あとは問題の母親役か……。
店内をざっと見渡して中にる女性店員たちを値踏みする。
奥にいる針り子は既婚者か。女主人は先ほどの独身者リストにあったが、過去に一度政治運動で逮捕歴があり危険度が高い。先ほどの含みのある表情も、それがらみの探りだろう。その他の女性も年齢がかなり高めで、「三十代男性の妻」としてはいささか不向きだ。
組織の女性工作員の協力が頼めない以上、少しばかりハードルを下げざるを得ないのは仕方ないが、さりとて本当に誰でもという訳にもいかない。おそらく、この国にも探せば女優崩れの娼婦などはいるだろう。だが頼みたい役はだたの妻役ではない。「国一番の名門校の父兄」だ。そうなると、やはりある程度の素地は必要となる。
教養や学歴などは面接時ではどうとでもフォローできる。だが、イーデン校の面接で母親に求められているものは、おそらく「品」や「優雅さ」の類だろう。
正直これは教えられるものではないし、一朝一夕で身につくものでもない。
それに「母親」が対応するのは自分だけではない。アーニャとの相性もある。そちらも重要だ。
品があり、控えめで年齢的に釣り合いが取れていて、アーニャと相性のいい女性。
そんな好条件となると、なかなかうまくは――。
時間も無いなか、クリアしなければならない問題が思ったより細かく、深く考え事をしていたからだろうか。
普段なら絶対にしない失態を犯した。
気がつかなかった。
店の扉が開いたことにも。
すっ、と背後の風が動いたことにも。
音もなく気配も無かった。
たが、確かに彼女は現れた。
ひらひらと風になびきながら、いつの間にか目の前を舞っている蝶のように――。
[あとがき]
映画のシーンや、絵画を見て状況を文字に変換するのが好きなのですが、SPY×FAMILYでもやってみました。
一巻のヨルさんと出会う直前のブティックの一ページ。
ただ私だけがひたすら楽しい。






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