2023-09-25

Sinful Fruit -シンフル フルーツ-

「テラス席で大丈夫でした?」
「はい、ありがとうございます」
 秋もだいぶ深まったとはいえ、今日は陽射しもあって温かい。見上げると青空が広がっていて、少し眩しいくらいだ。
 ロイドさんが往診の時にたまに寄るというカフェ。ローストポークを挟んだサンドが絶品らしい。あまりこちらの地区には来ないので知らなかった。
 ウェイターがサンドと炭酸水、そして林檎と無花果とトマトの入ったサラダを運んできた。フレッシュなチーズも散らしていて見ているだけで食欲をそそる。そういえば、急いでいて何も食べていなかった。
「ヨルさん林檎好きでしたよね」
「わあ、ありがとうございます」
 優しく微笑んでサラダをこちらに取り分けてくれる。
 覚えていてくれて嬉しい。それに本当にどれも絶品だ。
「アーニャさんにも食べさせてあげたいです」
「いいですね。今度散歩がてらこっちにも足をのばしましょうか」
 そんな他愛もない会話も心地いい。顔をほころばせながら食べていると、ふといくつかの視線がこちらに向いていることに気がついた。
 近くに座っている女性達がチラチラとこちらを見ながら何かを話していた。
 気になって耳をそばだてると「恋人?」「でも着てるものが……」「ちょっと釣り合わないわ」「メイドじゃない?」という声が聞こえてきた。
 メイド? MADE? 冥土?
 聞き慣れない単語に、いくつかの画像とスペルが浮かぶ。
 だが、はた、と自分とロイドさんの関係を噂されているのだと気がついた。
 そして、自分が部屋着のままだったことにも気づく。
 そっと周りを見渡すと、道行く人たちはみんなオシャレで洗練された装いだ。そういえばここイーデン地区は富裕層が多い地区でもある。
 なんだか急に自分が恥ずかしくなって、下を向いてカットソーの裾を握りしめた。
「ヨルさん? どうしました? 気分でも」
 ロイドさんが心配そうに覗き込んでくるが、それにも恥じてしまう。
「すみません……あの、私、こんな格好で……」
「格好?」
「部屋着のまま出てきてしまって……。恥ずかしい……、アーニャさんの学校にもこのままで……」
「いや、そんなこと……」
 彼もチラリと周囲を見て、私が恥じている理由が分かったようだ。
「気にする必要は無いですよ。ヨルさんはアーニャのことを思ってわざわざ学校にまで届けてくれたんですから」
「でも……、それも結局お役に立てませんでしたし……」
 何をやっているんだろう。
 早とちりをして、必要もないのに着の身着のままでアーニャさんの学校に入り込んでしまって。
 おまけに今はロイドさんにも恥をかかせてしまった。
 私はいくら笑われてもいつものことなのでいいが、私が一緒にいることで彼まで笑われるのは嫌だった。
 早く食べ終えて解放して差し上げないと。
「――ヨルさん、手を貸していただけますか」
「え、手? 手ですか?」
 意味がわからないまま彼の方へ手を差し出すと、おもむろにその手をすくい上げて、手の甲にキスをされた。
 途端、周りから悲鳴にも似たざわめきが起こる。
「ロ、ろ、ロイドさん! な、な、なにを……⁉」
 キスをしたまま、彼がこちらに視線を向けて微笑む。
 その笑みは先ほどとは違い、どこか淫靡で妖艶で、青空には似つかわしくない。
 瞳は、まるで木の上からいきなり話しかけてきた蛇のようだ。
「……ヨルさん、午後からお仕事でしたっけ?」
「え!? は、は、はい……」
「休めます?」
「うぇっ⁉ え、えと、えと……」
 繋がれたままの彼の手の温もりと、周りから聴こえる息を呑むような視線の洪水に溺れそうで、理解が追いつかない。
「ボクも、今日はこのまま直帰にしますので」
「え、え、えと……あの、はい……」
 しどろもどろになりながらこくこくと頷く。
 本当のことをいうと、今日は先日の『接客』が少し難易度が高かったため、部長さんから市役所はお休みするようにと言われていた。なので午後からガーデンが所有する、首都にいくつか点在する隠れ家に行って暗器の手入れなどをする予定にしていたたけだ。
 だから仕事を休むことは問題はないが……。
「良かった。じゃあこのまま今日はボクとデートしましょう」
「で、デデデ、デートですか⁉」
 周りの視線がまた一気にこちらに集中して痛いくらいだ。
「ええ、せっかく会えたんですから」
「デートって、ど、ど、どこに……?」
「さあ……? それはヨルさん次第です」
 彼はそう言って、おもむろに立ち上がって、こちらにグッと顔を耳許に近づける。
 周りでまた悲鳴が起こるが、テンパってしまっている私には周囲の声はもう届かない。
 周りに牽制するような視線を送りながら、蛇が遊戯のように、愉しそうにそそのかす。

 
「……だってヨルさん、いま林檎と無花果食べたでしょう?」

 

 

 

end

 

[お題]s/fは、青空のまぶしいレストラン が舞台で『林檎』が出てくる爽やかな話を7ツイート以内で書いてみましょう。
[出典]shindanmaker.com/139886


[あとがき]

アニメ版19話のあとで。ランチデートいいですね。
モチーフはリンゴとイチジクと蛇と学校の名前です。

Sinful Fruit:魅力的だが、同時に道徳に悖るものを指す言葉……とのことです。

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