「お疲れ様」
同僚と軽い挨拶をして更衣室から出ると、ほうっと息を吐いた。
久しぶりにブラブラして帰ろうかと考えながらバッグから変装用の眼鏡を取り出す。
現在は《梟》の後方支援の他に任務は抱えてはいない。なので変装など必要ないが、なんとなくの癖だった。
かけたり、かけなかったり。そうやって周囲に固定の印象を曖昧にさせている。
――その昔、「彼」に教えてもらった方法だ。
ずっと律儀に守っている。
職員玄関まで来ると、見知った顔が扉を開けて出ようとしていた。思わず少し大きい声が出る。
「フォージャー先生!」
『先輩』と言いたいのをぐっとこらえて今の名を呼んだ。
本当は、この名前はあまり好きじゃない。
早く呼ばなくなることを願っている。
相手は振り返って「ああ、お疲れさま。今帰り?」と穏やかに笑った。
「ええ。先生も今日はお早いですね」
並んで一緒に外へ出た。
だいぶ陽が落ちる時間が早くなった。もう風がかなり冷たい。
けれど、外気に反して胸の中は温かい。
期待で、あまり動くことのない目が少しだけ大きくなった。
「ああ、そうなんだ。今日は妻と娘と外食する約束をしていてね」
よろしければ二人でお茶でも……そんな言葉が、音声にならず虚しく宙を舞う。
「――そうですか。では、また明日」
眼鏡をかけて表情を隠す。
彼はほんのわずか眉を動かしたが「お疲れ様」とだけ返して背を向けた。
――気づいてましたね。
でも、何も言わないんですね。
貴方がフォージャーになる前、政治秘書を名乗っていた頃にかけていた眼鏡と同じデザイン。
全部持っている。
ライオネルの軍章も
ローレンスのアクセサリーも
ロバートの眼鏡も
同じものを、ぜんぶ。
貴方は任務が終わったら全て捨ててしまうけれど、同じものを揃えてずっと持っている。
貴方の「軌跡」を知っている。
それが私の誇り。
自慢。
そして、「あの女」に勝てる唯一の……。
通りを出た街角はもう夕闇が迫っている。
「あの女」が知らない、彼の名を冠した時刻だ。
眼鏡のずれを直してまっすぐ前を向き出す。
この眼鏡は、「彼」の軌跡を共有した最後の物だ。
「フォージャー」と同じものは持たないと決めている。
あの女と共有するつもりなど毛頭ない。
夜が勝りだした街をわざとゆっくり歩く。
走り出したい衝動を必死に抑えながら。
こんなことで取り乱すのは「恥」だ。
そんな教えは受けてない。
私はいつだって、いつまでだって、彼の「自慢の後輩」であるべきだ。
end.
[お題]フィオナは、夕焼けの見える街角 が舞台で『眼鏡』が出てくる暗い話を7ツイート(980字)以内で書いてみましょう。
[出典]https://shindanmaker.com/139886







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