久しぶりに降りた駅は、懐かしい香りがした。
そう思ってしまった自分に驚く。
敵地といってもいいはずの場所に安堵を覚えるなど――まったくどうかしている。
だが、そんな思考とは裏腹に身体は自然と大きく息を吸い込んだ。
一度、どうしても自国に戻らねばならない任務ができた。現在進行中の任務にも関わりがあるため、他者には任せられなかった。
それがようやく終わった。
およそ一ヶ月ぶりだ。
これからまた、二十四時間「ロイド・フォージャー」の仮面をつけ続ける日々だ。その仮面が思ったより馴染んでいることには気がつかないふりをした。
いつの間にか列車は次の駅にと去ってしまっていて、一緒に降りた乗客たちも我先にと改札へと流れていく。
だが何となく足が動かなくて、その場で視線を上に向けた。
ドーム型の巨大な屋根、幾何学的に交差する鉄枠に嵌め込まれたガラス。
その先にある空はいつもと変わらなかった。
空は、ただ、空だ。
どこにいようと変わらない。
当たり前だ、ひとつしかないのだから。
地上とて変わらない。陸続きであるならば、どこにいようと変わらないはずだ。国境やテリトリーなど、人間が作ったまやかしの結界に過ぎない。
仕事で訪れたかつての故郷には、驚くほど何も感じなかった。
訪れる前は、柄にもなく少し緊張したのに。
ずっと帰りたくて、同時に避けてもいた場所だった。
復興が進み町並みや行き交う人たちが変わったせいかとも思った。もしくは、もうそんな心も失くしたのかと。
過去を振り返る時に感じる痛みはまだある。
ただ、その痛みと降り立った場所は紐づかなった。
――場所、ではないのだ。
たぶん。
あの場所が壊されたことにあんなに憤ったのは。
あの場所を取り戻したいと走り続けた日々は。
必ず一緒に浮かぶ人たちを思い出したくなくて蓋をしたのは。
そして、今。
故郷を捨て、過去も捨てても、なおも進もうとする心は――。
「あー! いたー!」
ホーム中に響き渡るような大声を出しながら、少女がこちらに大きく手を振りながら駆けてくる。その少し後から、穏やかな笑顔で歩いてくる人影も見えた。
肺に充満した空気が、かつて無いほど身体に馴染じんでいく。
同じ空。
同じ空気。
同じ地上。
けれど、ここが「ここ」だと。
他の何にも代え難いと思わせるのは、きっと大切な人たちがここにいるからだ。
そんな当たり前のことに気づくのに、随分時間がかかってしまった。
……気づいてよかった。
ゆっくりと、けれど確かに自分の意志で、この新しい故郷に向かって少し低い声で応える。
「ただいま」
end.







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