寮へと戻る道すがら、落とし物をしたことに気がついた。ポケットの奥にあるべきものがない。欠かさず持ち歩いてる小さい布だ。
付き合うという友人たちの申し出を断って、ひとりで来た道を戻る。一緒に探すのはどうしても気恥ずかしい。
ちょっと探すだけだ。無けりゃ無いで、それで。
けれど視線は足元をくまなく見ながら必死に探してしまう。また買えばいい、そもそもオレの物じゃない。そう頭の隅で必死に止めるが、視線と身体は目的の物を見つけようとして止まらない。
本当に、ただの布なのだ。どこにでも売っているシンプルなガーゼ地。
端にワンポイントが「A」とあるだけの――。
あれ以来、返すことも出来ずにただずっとポケットの奥に突っ込んだままにしている。たまに、ごくたまにそこにあることを触って確かめることはあるが。
下を向きながら、教室まで戻ってしまった。結局歩いてきた道には落ちていない。
「止めた止めた、ばかばかしい。勉強時間が減る」
だから、ここで最後だ。そう自分に言い聞かせながら、誰もいないはずの教室に入って、ぎくりと止まる。
階段状の机が並ぶ後ろの席に少女がいた。自分の机の中を覗き込んでいる。
「……なにやってんだ、おまえ」
「わすれものしたからとりにきた」
「バスの時間はいいのかよ」
「だからいそいでる。じゃまするな」
「してねー」
目的の物を見つけたのか、あったあったと言って鞄に入れてから、こちらにくるりと向く。
「じなんもわすれもの? てつだうか?」
「い、いらねーよ!」
「ふーん」
じゃあ、と階段を下りてくる少女の手に、小さい布が握られている。
「それ!」
「これ? 床におちてた。おまえの?」
「え、や……」
「アーニャのかとおもった。おなじ」
はい、と屈託なく、なんの疑問ももたずにこちらへと差し出してくる。
「ち、ちげーよ! 誰がそんな安っぽい布!」
覚えてないのか。なんとなく悔しくて声を荒げる。だが、否定をしながらも少女からハンカチをひったくる。
「どっちだ」
「う、うるせー! オレ様のじゃねーけど、お前じゃどうせすぐ無くすだろうから預かってやるっつってんだバーカ!」
「あぁん?」
誰もいない教室で、お互い顔を近づけて睨み合う。
ムカつく。
なんで気が付かないんだ。
なんでわからないんだ。
なんでオレだけが、こんな……。
「――オレだけが、なに?」
「は?」
「デズモンド、フォージャー、何をしているのかね?」
教室の外から教師の張りのある凛とした声が響く。二人そろって振り返ると、担任が戸口の脇で立っている。
「もうとっくに下校時刻は過ぎているぞ」
「すみません」
「アーニャ、わすれものとりきにきた」
「そうか。見つかったのかね?」
「うん」
「デズモンドは? 君も忘れ物かね?」
「あ、いや……その」
言い淀みながらさっとハンカチを持った手を後ろに隠す。担任の眉が僅かに動いた。
「せんせえ、はんかちおちてた」
「ば!」
「落とし物かね?」
「いや……その……」
取り繕う言い訳も見つからなくて、渋々と担任に布を渡す。担任は手に取ると少しだけ黙ってから、「これはデズモンドのものではないのかね?」とさらに聞いた。
「……」
グッと拳を握りしめる。なんと言っていいのか分からない。
そうです、とも。
違います、とも。
何故か言葉が出てこない。隣の少女の前ではなおさら。
別に、本当に自分のというわけでもない。
だからいい。もう、このまま……。
「そうか。では落とし物としてこれは学校で……」
「オレのです!」
思考とは裏腹に叫んでいた。担任と少女が、その音量に驚いたように同時にこちらを見る。
「だが……」
「オレのです。すみません、それオレのです。落としたので探してました」
まくしたてるように。けれど、目を向いてはっきりと言う。自分の心は「やめとけ」と、相変わらず叫んでいるが、拳でそれを打ち消した。
担任は、やはり少しだけ黙ってこちらを見てから「そうか」とだけ言って返してくれた。それ以上は聞かれなかった。
戻ってきたハンカチを握りしめてほっと安堵する。そしてしっかりと上着の内ポケットにしまった。
……どうせ使うことはない。
たぶん、この先もずっと。
「じなん、さっきちがうて」
横からの余計なツッコミは無視した。こんな奴に言っても無駄だ。それに、別に分かってもらうつもりもない。これはオレの問題だ。
「――フォージャー、君はもう少し他人の気持ちを読めるようになりたまえ」
担任が呆れたように少女に注意する。
その言葉に少女は驚愕した表情をした。
そのブスな顔を見て。
少しだけ、溜飲が下がった。
end.







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