My words fly up, my thoughts remain below.
言葉は宙に舞い、思いは地に残る。
そういったのはシェイクスピアだったか、なにかの戯曲の台詞だったか。
――では、言葉のない想いはどうなるのだろう。
地へもぐるのか。それとも、誰かのところへ還るのか……。
それならそれでいい。いっそ、その方が煩わしくはないだろう。
誰もがおまえみたいな詩人ではなかろうに。
そんな、思考ともいえない他愛のない言葉だけがつらつらと浮かんでは消えていく。
夜はまだ、深く、それでいて甘く。腕の中の、濡れた女の黒髪のように、ただ黙ってそこに佇む。
新月でもないのに月は見えない。
先ほどまで降っていた雨の名残りだ。
窓際の椅子に座り、湿った夜の空気をぼんやりと眺めていた。
雨はすでに止んでいて、石畳の通りを普段より色濃く染め上げて逃げていた。あれほどうるさかった雨音も去り、窓に映る飛沫だけが余韻を残している。
手元に残ったのは、やけに耳につく自分の鼓動と、腕の中で眠る人の深い寝息だけだ。
その規則的で穏やかな響きに、かすかな安堵を覚える。
しどけなく艶を含んだ髪から輪郭にかけてを示指でなぞると、泥濘の淵から浮上するように彼女の唇か少しだけ開く。
だが、意識まで浮上することはなさそうだ。
腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
ふっ、と吐息にも似た笑みが漏れた。
――少し、無理をさせた。
雨音がどうせ消すからと。
――少し、無理を強いた。
優しい貴女が、この手を振り払えないと知っていて。
言葉は無かった。
約束もしていない。
熱と肌。
お互いの存在を交換する場には言葉はいっそ相応しくない。
そんな、名前もない交渉をもう何度か繰り返している。
彼女が、何も言わないことをいいことに。
取り留めない思考のなかに泥のような感情を認めて思わず目を閉じた。
これは……甘えだ。
分かっている。
なんて。
都合のいい――。
けれど、それでも言葉に、形にすることを躊躇う。
言葉にして――それが宙を舞い、霧散し、消えることが厭わしい。
そのくらいなら、何も言わずにこの熱とともに彼女へと還るがいい。
それすらも甘えだと、お互いわかっているけれど……。
体勢がきついのか、腕の中で寝る人が少し動いた。
もう夜がだいぶ深い。
そろそろ帰してやらねば。
そう思いながらもなんとなくまだ離せない。
ふと気がつくと、窓の外から再びコツコツと軽い音が響いている。
どうやらまた雨が降りだしたらしい。無数の水滴がこちらをうかがうように、そっと窓を叩く。
まるで、夜を返せと催促するかのように。
「…………」
言葉にならない思いを彼女へ沈めるように、腕の中の黒い海へと顔をうずめて目を閉じる。
もう少しだけ。
この夜を、あとほんの少しだけ――。
朝は、まだ来ない。
夜の化身はまだここにいる。
引用:シェイクスピア『ハムレット』 第3幕第3場
Last Updated on 2025-07-12 by ashika




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