We judge of man’s wisdom by his hope.
「なんです?」
なんとなく言葉に出したそれを、部下が拾った。
いつもながら耳ざとい男だ。
男は渡した資料から視線を上げることなく、気のなさそうにそう聞く。
大して興味もないくせに、情報はとりあえず頭に入れようとするその姿勢は教えた通りだ。
自分が育てたと言っても過言ではないその男に向けて、シルヴィアは珍しく微笑んだ。
「いや、なに。先日読んだ小説に出てきた一節だ」
「……お時間があるようで何よりです」
読み終えた資料を返却しながら、男は鼻を鳴らした。
おおよそ上官に対する態度ではないが、これまでの実力と実績から、この男だけにはそれを許している。
それにいっぱしに嫌味も言えるようになったらしい。結構なことだ。
返された書類をうけとりながら、こちらも口角だけ上げた。
WISEの指令で、彼はここ東国と、我が国の戦争回避作戦に従事している。
その過程で必要にかられて彼には「家庭」を持たせたが、そのせいで疲労と精神的圧迫が抜けないと会うたびにぼやかれる羽目になった。
けれど、無視している。
そんなことはこちらが関知することではないし、いうほどには困ってはいないのが明白だからだ。
一度、作戦が始動してすぐなぜ「家族」を自分が選ばなければならないのか、WISE で用意出来なかったのかと聞かれたことがある。
それにも答えなかった。
わからないようであれば、それまでだ。
だが、彼からその質問は二度と無かった。
聡い教え子に対して最大級の満足と称賛と、ほんの少しの憐憫を覚えた。
とはいえ、人間がその一生で経験できることなど、たかが知れている。それを補うのには、他人の人生をなぞれる小説は最適なのだが。
「お前もたまには小説でも読め。教養は己を強くするぞ」
「遠慮します。絵空事は性に合わない」
男はもうここには用はないとばかりに、立ち上がる。持っていた帽子のつばを直しながら「それに……」と続ける。
「現実のほうが、よっぽど現実味がない」
娘の成績をどうあげるか、ステラをどうやって取得させるか、男はぶつぶつと独りごちる。
その言葉にふっと笑みが出る。そのまま、その男を少し試してみたくなった。
「帰り際に任務をひとつやっていくか? なに、情報収集の簡単なものだ」
「それは誰か他の局員に振ってください。オレは十六時までにケーキを買って帰ると妻と娘に約束しています」
にべもなく断られた。
「最近九回に一回は別任務を断るな。そんなに梟に体力を削られてるのか?」
「十三回に一回です。勝手に下方修正しないでください」
男は即座に言い返した。
うって返すようなその態度と視線、それに伴う返答が小気味いい。
「おやそうだったか?」
シルヴィアが素知らぬ顔でそう言うと、男は目を細める。
「……To be yourself in a world that is constantly trying to make you something else is the greatest accomplishment.」
男はそれだけ言って、帽子を深く被ると今度こそ出て行った。
……なんだ、わかっていたのか。
テレビを見ていた髭の男が、視線だけをこちらに向けて「珍しい。言い負かされましたね」と笑った。
「そうだな」
相変わらずひねた部下だ。
シルヴィアはまた口角だけ上げて、その男を見送った。
「黄昏さんが任務を断るなんて珍しいっすね」
最近こちらに配属になった新人の部下が、資料を持って近づきなから声をかける。
まだ着任して日が浅いためか、どうにも半可通なところが目立つ男だ。
「構わない。家庭の円満な継続も立派なストリクスの任務だ」
新しい書類を受け取り、先ほど黄昏から受けとった資料を新人に返しながら軽く流す。
だが、新人はまだグズグズとデスクから離れなかった。
「なんだ?」
「……ええっと、黄昏さんがどうってわけじゃないんですけど……でも、彼の『家族』への監視はしたほうがいいんじゃ……」
「必要ない。そんな人員と予算がどこにある」
「いやでもでも! 彼の奥さんとお子さんは東国人なんですよね? いくら仮初とはいえ。しかも奥さん、身内に秘密警察の者がいるっていうじゃありませんか!」
「何が言いたい?」
「いや、ですから! 黄昏さんなら奥さん経由で東国に誘われて二重スパイとかなっちゃたりする危険とかあるかもないかもあるかも……っでー!!」
最後の言葉はシルヴィアの鉄拳で搔き消された。
「ばーか」
テレビを見ていた男が足元に転がった男に向かってあきれたようにつぶやく。
「ったく!」
「いやでもでもでも! この間みた映画で奥さんに懇願されて二重スパイになっちゃた男がいてですね!」
男は床に転がったままにじり寄ってなおも食い下がる。
頭は悪いが、このタフさはなかなか得難 い。
頭は悪いが。
「現実と虚構の区別もつかんのか、ド素人が」
「ボクは心配してるだけです!」
「……まあ夜帷の奴も気づいてませんでしたからね。あいつまだ『ロイド』の妻役を諦めてないんでしょう。おまえじゃ意味ないってのに」
髭の男が仕方ないというようにフォローを入れてやる。
「まったくどいつもこいつも。本国の教育はどうなってるんだ」
少しは使える奴を送ってこい。
シルヴィアはため息をついてから、時計を見る。
「ちょっと早いが、もう大使館へ行く。あとは頼んだぞ」
そう言って、片腕の男に声をかける。男は転がっている男をぞんざいに起こしながら「へーい」と答える。
「ちょ、ハンドラー!」
「あほか、おまえ」
男は新人を助け起こすと、またテレビ前のソファに座りながら呆れたように言った。
「いや、黄昏さんを疑っているわけじゃないんですよ。あくまで家族を監視すればって話で……」
「素人の一般人を常に監視するなんて無駄なことしてどうするんだ」
「だって! この国の奴らなんて信用できないじゃないですか!」
「黄昏が正体見破られるとでも思ってんのか? あいつも今は『東国人医師のロイド・フォージャー』だぞ」
「思ってないですよ! でも『ロイド・フォージャー』としてだって優秀じゃないですか! いつあっち側から勧誘があるか!」
「お前に心配されるようじゃあ黄昏も世話ないな」
「ちょっと!」
「あーうるせー。それにそんな心配しなくたって、もう監視はしてるんだよ」
「え? 誰を?」
「黄昏」
「は⁉」
新人の男がぽかんと口を開けたままこちらを見る。
実に間の抜けた顔だ。管理官がイラつくのもよくわかる。
「だからまあ、そんな心配するなって」
「いや、いや! そうじゃなくて! 誰を監視してるんですって!?」
「だから黄昏だって」
「はぁぁ⁉ ……え、ちょ、……あの、すみません、それってどういう……」
狼狽しながら聞く新人の言葉に、壮年の男ははぁと、盛大にため息をついてから肩を落とす。
そして、新人に噛み砕くように教えてやった。
「――黄昏は、WISEに入局した当初から、うちの最重要監視対象者だ」
シルヴィアは無機質な廊下を闊歩していた。
愛用している九センチのピンヒールが小気味よく一定の音を出す。
そのカツカツという音と、先ほどの新人のセリフが重なった。
黄昏 の「家族」を監視するなんて無駄なことはしないし、「できない」
そんなことに人も金も使えない。
そして、必要もない。
黄昏はWISEで最も腕の立つ諜報員であり、「オペレーション・ストリクス」の重要な任務を担う最高のパートナーだ。
「あれ」の優秀さはWISE全員がいやという程知っている。
そして、脅威も。
――我々はこの十数年、ずっと彼を監視し続けているのだから。
西国情報局対東課諜報員 ≪黄昏≫ 。
WISEの最高傑作にして、最大の失敗作と言われている男だ。
変装などのスパイに特化した技術はいうにおよばず、知性、体力、射撃、操縦、あらゆる火器爆発物への知識、人心掌握術、その他おおよそスパイになるために生まれてきたような逸材だった。
ただ、技術や話術、潜入に優れた諜報員は他にもいる。
彼が他と決定的に違ったのは、その鳥瞰的な物の見方と、思考軸――二軸思考ともいうが――その思考の卓越性だ。
彼は物事を非常にシンプルに捉える。
「出来る」か「出来ないか」
「やる」か「やらないか」
「そう」か「そうでないか」
経験不足からくる認識の甘さ、処理の不出来さなどはあったが、こと、この思考の方向性においては他者の追従を許さなかった。
この思考により、彼はどんな難局においても瞬時に「最適解」を導き出す。
この思考は簡単なようでいて、ほとんどの者は出来ない。
人間は集団で生活する生き物であり、他者との共生を最も良しとするからだ。
諜報員であったとしても、組織という枠組の中で生きることに変わりはない。そこにある他者の思惑、感情、立場などが盤の上で駒となり、複雑な山となる。
我々の仕事は、その駒が山と積まれた混沌のような盤の上に「一緒に立ちながら」、相手をいかに踊らせられるかにかかっている。
けれど、彼は同じ盤の上にいながら、その複雑怪奇な駒と駒の間の最短経路を縫うようにすり抜けていく。
あの脅威的なまでの鳥の目で。
無様に転び続け、絡まり続ける我々を横目で見ながら。
当初、WISEの上層部は彼を見て文字通り狂喜した。
奴がいれば他国とのレースに一歩リードしたも同然だからだ。
だが、狂喜に振り上げたその手はすぐに固まった。
たったひとつ、WISEが教えられなかった、というより施せなかったものが顕著になったからだ。
たったひとつにして、唯一無二の最重要項目を。
思想教育――。
すなわち、忠誠心だ。
諜報員にとっての、肝心要ともいうべき「国家への忠誠」
彼はそれを全くといっていいほど受け付けなかった。
黄昏は、本質的には西国に忠誠を誓っていない。
彼は彼の信念に則って動いており、そこに国の事情を挟ませることはどうやっても出来なかった。
たまたま彼が西国出身であったこと、わが軍にいた彼を自国がスカウトできたこと、そして現在の西国政権が「戦争路線に傾いていない」こと。それらがうまい具合に合致しているだけだ。
国の外交政策など政権の風向きでいかようにも変わる。それは歴史が証明している。
こと、我が国の方針が戦争路線に傾いた際、彼はあっさり第三国へ亡命する恐れがあった。
そうなった場合、もはや我々では彼を追いかけることはできない。
そういったことを防ぐために、多くの組織は親兄弟、妻子などを掌握するものだが、彼には何もない。
適当な金や女などもあてがうことはしたが、一定以上の興味を持たせることはできなかった。
あれほどの知性と技術を手にした男を作っておきながら、どうしても彼に枷をかませることができない。
彼は我が国にとって諸刃の剣になった。
しかも、ひどく鋭利な。
東国潜入の立案がされ、彼に白羽の矢が当たった当初、もちろんWISEも学校への潜入者、仮初の家族の選定が行われるはずだった。
仮初である以上、一緒に暮らす必要もなく、どこかで適当に言い含めた優秀な子どもを学校に潜入させるか、「皇帝の学徒」を取得できそうな子供を選び、超法規的措置を駆使して「父親」だけを黄昏に挿げ替える。そういった方法も考えられた。
彼は必要に応じて「父親」を演じればいい。
それに待ったをかけたのは誰でもない、直属の上司であるシルヴィアだった。
来年度のイーデン校の入学希望者リストにドノバン・デズモンドの下の息子がおり、学校に潜入させる子どもは彼の同級生が最も望ましいとされた。そうすれば、下手に転入試験で入って上の息子に取り入るよりも余程自然だ。
だが、そうなれば「子ども」は六歳相当になるため、父親が違うというような場合の演技、緘口令を敷くことに不安が残る。
そのため、黄昏にはか「寝食を共にする疑似家族」の取得が望ましい、上層部にはそう申告した。
それももちろん事実だが、シルヴィアにはもうひとつ懸念があった。
ドノバン・デズモンドへの接触が暗殺ではなく、「継続的な接触」である点だ。
当然作戦が速やかに遂行された場合、デズモンドと最初に接触するのは黄昏になる。
――彼が、誰よりも早く機密情報を知る立場になる、という点だ。
ドノバン・デズモンドの真意を探り、もし、東西に再度開戦の火蓋が切って落とされるようなことになった場合、西国は当然応戦せざるを得ない。
だが、その際に黄昏が我が国の方針に従順するとは思えない。
彼は戦争を憎悪している。
やめさせるためなら文字通り手段を選ばない。
第三国に自分が得た東国情報、ひいては西国の機密情報をも漏らす恐れがあった。
あの男はそのくらいやる。
――そう、育てたのが自分だからだ。
だからこそ、シルヴィアは、一縷の望みをかけて、彼に「自身の選択」で家族を持たせることにした。
彼が自身で選び、寝食を共にし、育てる「家族」
もしかしたら、彼がその「家族」に何らかの親愛の情アフェクションを持ちはしないかと。
……それが、枷となるかまではわからない。
だが、このまま何もせずにストリクスに従事させるよりはよっぽどましだろう。
可能性はすべて選ぶ。
たとえ徒労に終わろうとも。
「あの時ああすれば良かった」などの後悔は絶対にしない。
絶対に、だ。
家族を選択させる期限は一週間とした。
長考させると、状況などを判断して上層部の立案通りの一番負担が少ない人選をされるからだ。
それでは潜入捜査は楽になっても黄昏への抑止力にはならない。
一週間もあれば、彼なら都合のいい子どもを拾ってくることくらい訳無いだろう。
そのくらいの信頼はしている。
果たして、彼は自身の「家族」を「自身の意志」で手に入れた――。
ふと気が付くと、足が止まっていた。
はて、なんで止まっていたのかと意識を戻す。
「ああ、資料を忘れたからか」
大使に見せるための資料を隠れ家に忘れてきていた。
いかんな、年は取ってないつもりだが。
くるりと踵を返し、来た道を戻る。
コツコツと、また同じリズムで廊下が音を立てる。
――意外だったのは。
意外だったのは、彼が子どもだけでなく、妻も手に入れ偽装結婚までしたことだ。
入学の面接に必要だからという理由だったが、入学した後もその妻との婚姻と同居は継続した。
子どもの情緒の安定のため、という大義名分だった。
それが本当かはわからない。興味もない。
だが、黄昏が彼女たちに何らかの正の感情を持っていることは間違いないだろう。
それは、すなわちWISEが彼に対してやっと『人質』を掌握した、ということだと。
――そう思った。
それが完全に甘いと痛感したのは、妻の弟が東国の秘密警察に所属していると黄昏本人の口から聞いた時だ。
隠れ家の戸口のところまで帰ってくると、中で新人がまだ髭の男に迫っていた。
「でもでも! 黄昏さんの妻子は前からの知り合いってわけじゃないんですよね⁉ 偶然選んだだけですよね⁉」
「だからさ、任務を進めるうえで奴自身に家族を人選させて、奴がただの任務上の関係で終わらせるならそれはそれで良いし、それ以上に執着しだすようならこっちへの人質として役に立つ。どちらにせようちの腹は痛まない……こっちはそういう風に考えてたわけだ」
「そんな……」
「でも、あいつもそれを重々承知してるのか、娘が一人になるときには、あいつが管理下に置いてる情報屋を子守に付け始めたのさ。管理下っても、情報屋自身が東国人でここは東国だ。抜け道はそれこそ山のようにあるんだろうぜ。俺らがあいつを監視って手段で牽制してるように、あいつも俺らをそうやって牽制してんのさ。『うちの娘に何かしたら、我が国の機密情報をばらまくぞ』ってな」
「……それだけじゃないぞ。あいつは、妻の弟から欲しい情報を引き出してやるから、妻自身にも接触するなと言ってきた」
そういいながら、部屋に入ると、中の二人が同時に降り返る。
「忘れ物ですか?」
「ああ、資料を忘れた。というか、どこにやったのかもわからん」
「……ちゃんと整理してくださいよ。この間もコートのタグ付けっぱなしでしたよ」
「私からは見えないから気にならない」
「こっちが気になるんですって」
片腕の男は呆れたようにデスクの周りを探し出す。
新人の男だけが、信じられないという顔で呆然とたたずむ。
「ちょっと待ってください! 自国の諜報員とそんなパワーゲームをしてるんですか⁉」
「誰もがお前みたいな楽観主義者だらけだったら世界は平和だったな」
キャビネットを漁りながらそう言うと、グッと新人が喉の奥を鳴らした。
作戦の進行に欠かせない彼の「家族」
表向きは、WISEにとっても必要不可欠なキーパーソンであり、当然彼女たちの安全などは最優先される。
それに加えて、黄昏への『人質』としての顔も持つ。
彼女たちを安全確保の名のもとにこちらで掌握していれば、WISEもとりあえずは安心だ、安泰だとほっとしたのもつかの間、当の黄昏から妻の弟の件をエサに、こちらに逆に交渉をしかけてきた。
曰く、「彼女たちの安全管理は自分がするので、WISEの接触は一切不要」と。
言い方を変えれば、「彼女たちはWISEお前たちの『人質』にはさせない」と。
こちらの思惑を完全に読まれたうえで、大層にこやかに言ってのけやがった。
……自分が守ると言っている家族さえ交渉の駒に使う、あの厚顔無恥ともいえるバランス感覚。
本当に、教えた以上の生徒だよ。全くもって可愛げのない。
……けれど……。
ふと見上げたホワイトボードに、イーデン校の写真が貼られていた。
その写真の上に、一生懸命身体を伸ばして主張する鴇色の髪の少女が重なった。
この犬じゃなければ嫌だと遠慮のないわがままを言う幼な児と、顔を見合わせながらそれを必死になだめる若夫婦。
どこにでもあって、どこででも繰り広げられている、他愛ない、実にくだらない親子のいざこざだ。
……あんな顔の奴を見たのは初めてだった。
あの「家族」の中では、彼は娘に翻弄されるただの情けない父親――それだけだった。
けれど、そうやって、ただの父親として生きていく人生も上等なんじゃないかと……彼が本当に望むものがそこにあるんじゃないのかと……。
そして、あの風景を自分が終古にわたり見ていたいと思ったことにも偽りはなかった。
どうか――
どうか、
いつの日か、あの優秀で生意気な生徒がそれに自分で気づく日が来ることを――。
「――心配しなくても、お前みたいなモブ誰も監視しないから安心してデートでもなんでもしてろ。アメリアちゃんだっけか?」
「してるじゃないっすかー!!‼」
騒がしい先に目をやると、壮年の部下と新人の部下がやいのやいのとまたじゃれ合っていた。
「まったくいつまで遊んでるんだ。というか、早く探せ資料を」
「はいはい」
じゃれ合いを制して、そう命令すると髭の男はこちらに戻ってきて探し物を継続させる。
だが、新人だけは「うう……、もう誰も信じられない……」とがっくり肩を落として嘆いていた。
「嫌なら辞めるか?」
「辞めませんよ!」
新人が即座に言い返す。うっすらと涙目になっていたが、そこには反骨精神が見て取れた。
なるほど、確かにタフはタフなようだ。これは教えがいがある。
シルヴィアはふっと笑みを漏らした。
「ならさっさと資料を探せ。お前の仕事はまずはそれだ」
本当にどこにやったのか。確かあの資料は黄昏が来た時に一回渡して、奴が読んで、それをまた受け取って……そこまで考えてはっとする。
「おい新人! 資料お前に返しただろうが!」
「え? うそ⁉」
言われた新人は、ダッと自分のデスクに戻るとわたわたと書類を探す。すると、案の定探していた資料が出てきた。
「ったく! ちゃんと管理しておけ!」
「ボクっすか⁉ ボクのせいっすか⁉!!」
慌てて持ってきた資料をひったくるようにして注意すると、新人はあからさまに心外だという顔になる。
「……あきらめろ新人、管理官の理不尽を受け流すのも仕事のうちだ。というか、勇気あるなおまえ」
失礼な言葉を吐きながら、髭の男が新人の肩にポンと手を置く
「……とんでもないところに就職してしまった……」
「嫌なら辞めろ。こっちは別に構わんぞ」
「そんなこと言ったって! あんな機密知っちゃたら辞めさせてくれるわけないじゃないすか!」
新人がキッと顔を上げながら食って掛かる。
その表情が、昔もいた生意気な生徒を彷彿とさせた。
ああ言えば、こう言う。あれにもずいぶん食って掛かられて、その都度ひとつひとつ潰してやったものだ。
全然誰かとは似ていないが、自分のしごきにはついてこれそうだ。
シルヴィアは上がり続ける口角を資料で隠してそう判断した。
「何を言う。我が国は純然たる法治国家だぞ。お前の権利は憲法できちんと保障されている。使いたきゃ正々堂々と使え」
そうして、新人に最後の選択肢を与えてやる。
やる、やらないは本人次第だからだ。
けれど、目の前のこいつはきっと潰されても潰されても食らいついてくるだろう。
なんとなく、そう感じた。
「えーっと……すみません、辞めないですけど、後学のために聞いときたいです。一体ボクは何の保証をされてるんすかね?」
自分の利を確保したいのか、打って変わった態度でへこへこと頭を掻きながら聞いてくる。
なんて図々しいんだ。調べろそれくらい。
けれど、まあいい。
これからしごきにしごく毎日が待っている。
先に飴を与えてやるくらいには気分がいい。
シルヴィアはデスクにあったいらない紙にさらさらとその文字を書く。
「ほら、お前のデスクの前に貼っておけ」
そういって、ポイっと投げる。
新人がそれを慌ててキャッチし、書かれていた文字を見て、目を細める。
free choice of employment.
「……これどういう意味でしたっけ?」
今度こそ大使館に行くために部屋を出ようとしたシルヴィアは、その言葉にくるっと後ろを振り返る。
そして、新しい生徒に向かって嫣然と答えた。
「『職業選択の自由』だ」
end.
[あとがき]
管理官とロイドさんの台詞は、両方共エマーソンの言葉で応酬させてます。
なのでタイトルがエマーソンです(安直)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン(アメリカの思想家 1803年-1882年)
[管理官]
We judge of man’s wisdom by his hope.(人の賢さは、その人が何を望むかで計ることができる)
=お前は賢いのか → お前が望んだ(選んだ)ものはお前の賢さ(正義)を損なわせていないか?
と問いかけていて、
[ロイド]
To be yourself in a world that is constantly trying to make you something else is the greatest accomplishment.
(絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしいことだ)
=オレはいつだってオレだ → 余計なお世話だ
と返しています。
意訳というか、超訳になるかな?
そんな感じで読んでください深く考えてはいけない(困る)






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