真夜中の埠頭。月も無い。見える明かりは、沖に停泊している船の赤色灯くらいだ。
その闇に紛れて男がひとり、立ち並ぶ倉庫のひとつに侵入していた。
最近活発化してきた国際密輸組織。非合法な武器や弾薬などが、第三国に売られている。麻薬にも手を出しているらしい。そいつらが、今日何者かと取引をするらしい。取引先の情報を掴むのが今日の任務だ。
だが、直前になって取引場所が変わったとの情報を入手した。
「間違い無いんだろうな?」
男は小声で確認する。
『なめてもらっちゃ困るね。情報だろうが、偽造書類だろうが、タバコ屋だろうが一緒よ。オレがきっちり仕事するの、おまえだって知ってるだろ?』
インカム越しにやや軽薄な声が響いた。
「そうだが……」
どうもこの男の調子の良さは好きになれない。信用ができないのだ。
今も、潜入任務だというのに、最近作った「画期的な」装置のことを蕩々としゃべっている。
インカムの調子が良いのか、その声が鼓膜にやけに響いた。
「静かにしろ! 任務中だ!」
短く叱咤すると、情報屋は『すいませんねえ。オレは安全な場所にいるもんで』とヘラヘラと笑った。
もう何年もの付き合いだし、本人の言うとおり仕事はきっちりこなすので重宝していないといえば嘘になる。
現に、情報屋の車はここから一キロは優に離れているであろう場所で待機している。にも拘わらず、彼が「趣味」で作ったというインカム越しの音声はかなりクリアだ。施設内がやけに静かなため、かえってそちらの音の方がよく聞こえるくらいだ。ピザでも食べているのか、咀嚼音まで聞こえる。
『で、どうなんだよ? 首尾は』
「誰もいないな」
吹きぬけの天井から地上を見るが、誰かが居る気配は無い。慎重に身体をかがめて鉄状の通路にも視線を送るが、やはり誰もいなかった。
「やはりガセじゃ」
『そんなはず――』
「しっ」
そのとき、地上の小さな通用口が開いた音がした。
姿は見えない。
コツコツ、とコンクリートの床を革靴が撫でる音が施設中に響く。
目を凝らすが、顔は見えない。
トレンチコートを着て、帽子を被った男だ。男はひとりだけだった。アタッシュケースを持っている。取引の商品か、受け取る側の金か。
もっとよく見ようと少しだけ首を伸ばすと、男はスーツケースを床に置いた。
そしておもむろに駆け足で来た道を戻っていく。
残ったのはスーツケースだけだった。
なんだ? 思考と、中身に思い当たったのは同時だった。
「罠だ!」
気がついたときには、叫びながら翻していた。
『え、失敗? なにな……』
インカム越しに聞こえた焦りの声は、爆風と一緒に音にのまれた。
「……くっそ」
一度目の爆風が少し収まってから、床にしたたかに打ち付けた身体を起こして、退路を確認する。
吹きぬけの下からは、すごい勢いで炎が上がっていた。
「おい、おい! フランキー!」
インカムにこの事態をもたらした元凶の名を呼ぶが応答が無い。この爆発で無線が混乱しているのか、もしくは……。
チッ! いつもはしない舌打ちを大きく鳴らしながら立ち上がる。
おそらくこの取引の情報自体が罠だ。敵は、こちらが調べているのを察知し、偽の情報を流したのだろう。
「なにが仕事はきっちりこなすだ!」
目の前に情報屋がいたら二発くらい横っ面を殴ってやらないと気がすまない。
やはり他人に任せるべきではなかった。いや、しかしそもそもあいつの情報を鵜呑みにした自分にも責任はある。裏社会に精通しているとはいえ、同じ組織でもない人間をそこまで信用すべきでは無かったのだ。
なんとかしてここから脱出し、体勢を立て直さねば。その際には、情報屋への依存を改めねば――。
――生きてればな。
「…………!」
そんな言葉に息をのんだ。
そうだ。ここが罠だとすれば、情報屋の位置も敵に把握されている可能性がある。
インカムは壊れてしまったのか、全く音を発していなかった。
それよりも、自分もここに居たままではまずい。炎はさらに強さを増していた。
退路を確認するが、ここからでは天井近くの明かり取りの窓しかない。よしんば外に出れたとしても、この施設には周りは何もない。侵入する前にざっと見たが、非常階段などもない違法建築だった。飛び降りるしか無い。ゆうに建物三階以上ある高さから。
「…………」
考えている間は無かった。
灰になるか、潰れるかだ。
一か八か。
もしくは――。
「他人を当てにするなど!」
先ほど自戒した言葉を無視して、窓ガラスを派手に壊しながら勢いよく宙を舞う。
眼下に、馴染みのある車体がすごい勢いでこちらに向かってくるのが目に入った。
おそらく自分が着地するであろう場所まで一目散だ。
ああ、絶対この修理代もたかられる――。
そんなことを考えながら、口元が緩むのが抑えられなかった。
―――
トワスト参加作品です。
お題「え、失敗?」
59分で書きました。なかなかスリリングでした。
Last Updated on 2025-07-12 by ashika






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